第2章 山路

西遊記三蔵法師のモデルになった玄奘三蔵は、唐の長安を出発し険しい山々や砂漠を越え、遥か西の天竺に到達。仏教の経典を入手し、また唐に帰った。そのルートは現在の中国、キルギスウズベキスタンアフガニスタンパキスタン、そして最終地のインド言われている。
この頃のパキスタン北西部にはガンダーラという王国が存在し、仏教が信仰されていた。
それから千数百年を経て、当時の様子は見る影もないかもしれないが、この旅のどこかで玄奘三蔵と同じ地を踏むだろうか。


本題に戻る。
長年の念願だったフンザに向かうため、乗合タクシーに乗り込んだ。
出発時刻は19時。これから夜通しかけて山路を走り、朝に目的地に着く予定だ。

僕は後部座席窓側に乗るよう指示され、あとから後部座席に2人乗ってきた。
狭い。後部座席に3人で夜通しの移動だ。行く末に不安しかない。
ただ、運転手も同乗者もいい奴そうだ。
車が信号待ちで止まった瞬間、同乗者の1人が突然車から飛び出し、露天でビリヤニを買って戻った。それを車内でみんなで分けて食べた。ビリヤニを食べながら、僕の不安や警戒心は徐々に解けていった。

車は山路を登りに登った。
無限に続く急カーブ、段差を乗り越える衝撃、爆音のBGMに晒された。腰は砕け散り、臓器は上下逆転した気分がしたが、僕はただひたすらに耐え凌いだ。
深夜3時頃、やがて峠に差しかかった。寒さに凍え、酸欠で目の前がにわかに霞み、全身の血の気が引いた。

苦行をただ無心にやり過ごす。怒りも不安もなく、心穏やかだ。なんだか悟りが開けそうな気がしてきたが、霞んだ視界の先にはただ現実が広がっていた。


車が峠を越えると、空がうっすら白くなり、山の輪郭が見えだした。道の両脇は相当険しい山に挟まれているようだ。
さらに明るくなり、道のすぐ脇は崖で、崖の下は荒々しい川が流れているのが見えた。

日が完全に昇った頃、僕たちは目的地手前にさしかかり、小さな食堂で朝食をとった。
クレープのようなパンと、マサラチャイ。
朝日に照らされた山々を見ながらチャイを一口すすると、ぐちゃぐちゃになっていた臓器がすぐ元の形に戻った。僕はむさぼるようにチャイをすすり続けた。

この国では、事あるごとにチャイをご馳走してくれる。どの1杯にも、長旅をねぎらう気持ちが込められているように感じた。「チャイ飲むか?」という彼らの表情がとても優しいのだ。

どの1杯も忘れがたいが、今朝、過酷な山路の末に飲んだこの1杯のマサラチャイは特別、僕は生涯忘れることはできないだろう。
(実際には2杯飲んだ。我慢できずに図々しくおかわりしてしまった。)